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抗菌薬が効かない!MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の院内感染

皮膚、鼻腔や咽頭の粘膜、消化管の常在菌である「黄色ブドウ球菌」は、ときには消化管に感染して食中毒を引き起こし、下痢や嘔吐、発熱、重症のケースでは血便などの症状が現れます。また傷口の化膿の原因にもなります。

顕微鏡で観察したMRSA

食中毒は、黄色ブドウ球菌が食物の中で増殖する際に作られる「エンテロトキシン」という毒素が神経系に作用することで発症し、下痢や嘔吐を引き起こします。菌自体は熱に強くないのですが、エンテロトキシンは加熱しても毒性は残ったままです。おにぎりや寿司など、素手で握る料理が原因となることもしばしばです。

厚生労働省の「食中毒統計資料」によると、細菌性食中毒の原因菌としては、カンピロバクター(32%)、サルモネラ菌(9%)、病原性大腸菌(7%)に次いで多くなっています。

ちなみに名称に「ブドウ」とあるのは、菌を顕微鏡下で観察するとブドウの房のように見えるためです。

黄色ブドウ球菌には1940年代に開発された「ペニシリンG」という抗菌薬がよく効いたのですが、多くの患者に対してペニシリンGを安易に処方しすぎたため、この抗菌薬に対して耐性を持つ菌(薬剤耐性菌)が徐々に増えてきました。そこで薬剤耐性菌に対する新たな抗菌薬として開発され1960年代に欧米で多用されたのが、「メチシリン」です。

しかし、数年もしないうちに今度は、メチシリンだけでなく、ペニシリン系やセフェム系、テトラサイクリン系といった他の抗菌薬に対しても耐性を示す「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」が登場したのです。

MRSAは、高齢者、外科手術後の患者さん、長期間に渡って抗菌薬の投与を受けている患者さんなど、免疫能力が低下している人ほど感染が重症化しやすく、肺炎、腸炎、敗血症などの重い合併症が起こって死に至ることがあります。

そのため、MRSAは院内感染の原因菌として大きな問題となっています。特にICU(集中治療室)では、病院内の他の場所に比べて感染率が40倍も高くなるとされています。

集中治療室の入院患者

近年は、NICU(新生児集中治療室)に入院していた赤ちゃんがMRSAの院内感染で死亡するケースも報道されています。(2012年:名古屋大学医学部附属病院、2013年:岐阜県総合医療センター、2014年:四国こどもとおとなの医療センター)

MRSAは、感染源から患者さんや医師、看護師などの手やスリッパなどを介して感染が広がっていきます。空気中を浮遊しているホコリに菌が付着して、それを吸い込むことで感染(空気感染)することもあります。

MRSA感染症は多くの抗菌薬が効かないのですが、グリコペプチド系の抗菌薬「バンコマイシン」が効きます。バンコマイシンは元々、免疫力が低下すると肺炎や敗血症などの重い症状を起こす「腸球菌」という腸の常在菌に対して使用されてきた抗菌薬です。

しかし、1980年代にバンコマイシンが効かない「バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)」が発見され、さらに2000年代に入ると、このVREの抵抗遺伝子がMRSAに受け継がれたと考えられる「バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)」がアメリカで発見されました。すなわち、MRSAに対して"切り札"となっているバンコマイシンすら効かないメチシリン耐性黄色ブドウ球菌が登場したのです。

VRSA感染症の症状は、上記のMRSA感染症と同じで、重症化すると肺炎、腸炎、敗血症などの合併症を起こして死亡するケースもあります。多くの抗菌薬が効かないので、基礎疾患を治療することが最重要となります。2015年現在、VRSAはアメリカ以外の国では確認されていません。

しかし、抗菌薬と薬剤耐性菌の戦いは「いたちごっこ」の状態が50年以上も続いていることから、今後はVRSAが他の国で発見されたり、新種の耐性菌が出現する可能性は十分にあります。


 
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