病院の検査の基礎知識

遺伝カウンセリングで検査のメリットとリスクを理解することが重要

2013年5月、ハリウッドを代表する人気女優アンジェリーナ・ジョリーさんが、将来の乳がんの発症リスクを低減させる目的で両乳房を切除したことを発表し、日本でも大きなニュースとなりました。アンジェリーナさんは、母が50代で卵巣がんにより亡くなり、祖母と叔母を乳がんと卵巣がんで亡くすという悲しい経験をしていることから、発病をしていない健康な乳房を切除するという決断を下しました。

早期発見と治療が予後を左右

アンジェリーナさん自身の体験を公表した背景には、遺伝性の乳がんや卵巣がんになる可能性について遺伝子検査を受けるという選択肢があることや、仮に検査結果が陽性でも、発症の可能性を低くするための選択肢が存在するということを、「がん家系」などで同じ不安を抱える世界の人々に知ってもらいたいという願いがあったものと思われます。

遺伝子検査は、その人の持っている遺伝子を調べることで、その人にあった病気の予防や治療につなげる目的で行われており、がん以外にも遺伝子変異が発症に関与する病気で行われています。

このニュースを機に、日本でも多くの女性が乳がんの遺伝子検査に興味をお持ちになったかと思いますが、この検査は通常の乳がんの発症リスクを調べるものではなく、医療機関の遺伝カウンセリングで家族や血縁者の病歴などを調べた結果、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)を疑われる人、もしくはその血縁者が受ける検査ですので、誰でも受けられるというものではありません。

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)が疑われる場合に調べるのは、がんの発症に関与しているとされる「BRCA1/2遺伝子」の病的な変異の有無です。BRCA1/2遺伝子に病的な変異が認められる人は、そうでない人に比べて生涯の乳がん発症率が10〜19倍になるとされています。

BRCA1/2遺伝子の検査は、乳がんや卵巣がんを発症し、家族の病歴などから遺伝性が疑われるきっかけになった張本人が受ける「発端者向け検査」と、その結果が陽性だった場合に、その人の血縁者にも同じ遺伝子があるのかを調べる「血縁者向け検査」の二つのタイプがあります。

一般の方は「遺伝子の変異があれば100%がんになってしまう」、「母親に遺伝子の病的な変異が見つかったから、娘の自分にも同じ遺伝子がある」など、遺伝子に関して間違った認識を持っているケースが少なくありません。そのため、遺伝性乳がんについて詳しく知りたい方は、遺伝子検査の受診に関係なく、医師、看護師、遺伝カウンセラーによる「遺伝カウンセリング」を受けることをオススメします。

遺伝カウンセリングは、遺伝に関する不安や疑問に対して、専門化が詳しい情報提供を行いながら、自ら選択肢を選べるようにサポートを行います。遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)に関する遺伝カウンセリングは、「遺伝診療部」や「遺伝外来」などを開設している医療機関で受けることができます。日本HBOCコンソーシアム(クリックで移動します)に遺伝カウンセリングを受けることができる全国の医療機関のリストが掲載されていますので、参考にしてみてください。カウンセリングは自費診療の扱いとなり、費用は5000円程度かかります。

カウンセリングの結果、遺伝性の乳がんが疑われた場合、遺伝子検査を受けることが選択肢の一つとなりますが、検査を受けることによるメリットとデメリットを理解しておかないと、検査後に後悔やストレスに苛まれてしまう可能性があるということを十分に認識しておくことが大切です。遺伝子検査を受けないことも立派な選択肢であることを忘れないようにしましょう。

専門医の説明を受ける患者

遺伝子検査を受ける最大のメリットは、結果が幸いにして陰性だった場合、遺伝性乳がんに対する不安感を抱えて生活することから開放されるということです。また仮に陽性だった場合でも、後に紹介する「予防的乳房切除術」等の予防策を早い段階でとることができるため、がんの発症リスクを抑えることができます。

一方のデメリットとしては、結果が陽性だった場合、病気の発症に必要以上に不安を抱え込んでしまうことや、既に子供がいる場合には、「BRCA1/2遺伝子の病的な変異が遺伝しているのではないか?」という子供に対する罪悪感が生まれる可能性があること、また血縁者に検査結果を告げるべきか否かでストレスを抱える可能性がある、生命保険や医療保険に加入する際に支障が出る可能性がある、などです。

さらに「陰性」でも「陽性」でもない「未確定」という結果の場合には、検査を受けても何一つハッキリしないため、検査前よりも不安感が増すということも考えられます。

遺伝子検査の費用は健康保険の適用外となっていますので、全額自己負担となります。一般的な費用は「発端者向け」で約25万円、「血縁者向け」で約5万円とかなり高額です。遺伝子検査を受けることができる施設は、がん拠点病院や、がん専門病院、大学病院などに限られています。いずれの医療機関においても、検査前に遺伝カウンセリングを受けて、遺伝性の病気や検査について詳しい説明を受ける必要があります。

遺伝子検査は家族や親族への影響も少なくありません

通常の検査と異なり、遺伝子検査はその結果が家族や親族にまで影響を及ぼします。検査結果が陽性の場合、その人の親・兄弟、子供が同じ遺伝子の変異を共有している可能性が50%あります。叔父や叔母、従姉妹なども共有している可能性があります。これは病気の発症の有無や男女に関係ありません。

若いうちから乳がん検診を受けましょう

念のため繰り返しますが、たとえ血縁者が病的な遺伝子の変異を受け継いでいたとしても、必ずがんを発症するわけではありません。あくまでも発症のリスクが高くなるということです。リスクを早くから知ることで、がん発症の可能性を減らす予防措置を取ることができるのです。

遺伝子検査を受けて陽性であれば、血縁者にその結果を伝えることで、血縁者向けの検査を受けてもらったり、将来の病気の予防について考えてもらうことができますが、「将来のリスク」を予め知ることでがん発症の可能性を減らす策を講じることができるいうメリットよりも、「将来への不安を増幅させてしまうのではないか?」というデメリットが気になり、躊躇してしまうケースが多いようです。

検査結果の伝え方は相手との関係でも異なります。誰にどのタイミングでどのような伝え方をすればいいのかといったことを検査を受ける前の段階で考えておくことが大切です。

遺伝子検査を受けることを家族に相談するかどうか、その結果を誰に伝えるかどうかの選択は本人の自由です。予め家族に相談し、理解を得ることができれば、結果が出た後でも心の支えとなりますが、検査を受けることを反対されることも当然、考えられます。家族の負担を考えて、誰にも相談しないまま検査を受ける人もいます。

なお、検査結果は大切な個人情報として管理されます。医療機関で検査のことを血縁者に伝えるようにすすめられることはあっても、本人の承諾を得ずに伝えられることはありません。

遺伝性乳がんの発症リスクを低減させる予防的乳房切除術

先述しましたように、BRCA1/2遺伝子がんに病的な変異がある場合、生涯の乳がん発症率は大きくなります。そこでがんが発症する可能性のある乳腺という組織を予め切除することで発症のリスクを抑えようというのが、アンジェリーナ・ジョリーさんも受けた「予防的乳房切除術」です。乳房を切除することで、遺伝性乳がんの発症リスクを約90%低下させることができるとされています。

手術費用は保険の適用外です

将来の乳がん発症リスクを抑えるために健康な乳房を手術で切除してしまうことは倫理的な面で問題があるとして、従来は手術を実施している医療機関は全国でもわずかでしたが、遺伝性乳がんが一般の方にも広く知られるようになってきた近年は手術の準備を進める医療機関が増えてきています。

他の部位と異なり、乳房を切除することは女性としての「アイデンティティー」の一部を失うに等しいと、手術後の「喪失感」が不安になるのはごく自然な反応だと思います。ただ、乳房切除の技術は大きく進歩しており、乳房の中にある乳腺だけを取り除き、乳頭や乳輪、乳房の皮膚はそのまま残す手術法も確立しています。胸のふくらみは失われますが、再建手術を行うことで女性らしいふくらみを乗り戻すことができます。

ただし、乳腺を切除する際に神経も取り除くため、以前のように乳房を触れた感覚が戻ることはありません。また、乳腺は皮膚に非常に近い部分にも存在しているため、残った部分にからがんが発生する可能性がほんのわずかですが、残っています。さらに手術後の痛みで腕を動かしにくくなる場合もあるため、リハビリが必要な患者さんもいます。

この予防的乳房切除術も遺伝子検査と同様に健康保険の適用外となりますので、手術費用は全て自己負担となります。片方の乳房の切除で20〜50万円、両側の乳房の切除で50〜100万が必要となります。


 
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