病院の検査の基礎知識

自覚症状に乏しい肺がんを早期発見する検診の胸部X線検査と喀痰細胞診

40代後半から増え始める「肺がん」は、男性の10人に1人、女性の21人に1人が発症するされており、現在、がん種別死亡率が最も高くなっています。国立がん研究センターの「がん統計予測」によると、2015年に新たに肺がんと診断された方は133,500人、死亡数は77,200人となっています。

扁平上皮がん

肺がんの最大の危険因子と指摘されているのが、タバコです。「厚生労働省多目的コホート研究」のデータ(2008年)によると、喫煙習慣のある人が肺がんになるリスクは、男性で4.5倍、女性で4.2倍も上昇するとされています。

肺がんのリスクは、喫煙年数や喫煙本数に比例して上昇しています。非喫煙者も肺がんのリスクがあるので注意が必要です。なぜなら、タバコの先端から出る煙やタバコを吸った人が吐いた煙を吸いこむ、いわゆる「受動喫煙」によっても、肺がんのリスクは1.2〜2倍ほど上昇する恐れがあるとされているからです。

また、肺の奥の粘液などを分泌する組織に発生する「肺腺がん」と呼ばれるタイプは、タバコを全く吸わない人にも多く見られます。女性の肺がんの約70%はこの肺腺がんが占めていることから、発症には受動喫煙や汚染大気だけでなく、エストロゲン(女性ホルモン)の量や濃度も関係していると考えられています。

抗がん剤(分子標的薬)と放射線療法の併用により、肺がんの治療は大きく進歩し、現在では病期(ステージ)ごとに標準治療が確立されていますが、依然として、肺がんは"治りにくいがん"の一つとなっています。

その理由は、@他の臓器のがんに比べて自覚症状が現れにくく、本人が異常に気付いた時には、がんが進行していることが多い、A肺は隅々まで毛細血管で覆われているため、がん細胞が剥がれて血液に乗って、肝臓、腎臓、脳、骨などに転移しやすい、B肺がんの専門医、放射線の専門医が不足しているなどの理由が挙げられます。

したがって、肺がんを早期に発見するためには「肺がん検診」を定期的に受けることが基本となります。地方自治体(都道府県、市区町村)では40歳以上の方を対象に肺がん検診を実施しており、公費負担によって500円〜程度の金額で、医師による「問診」、「胸部X線検査」、必要な方には痰を採取する「喀痰細胞診」の検査を受けることができます。

国立がん研究センターが公表しているデータによると、肺がん検診の受診率(2013年)は42.3%(男性47.5%、女性37.4%)となっており、以前に比べて受診率は高くなってきていますが、厚生労働省が目標とする50%には到達していません。

上記のように、治りにくい肺がんではありますが、無症状のうちに検診を受けて、早期に発見できた肺がんは約80%が治るとされていますので、喫煙者だけでなく非喫煙者も40歳を過ぎたら肺がん検診を受けましょう。

肺がん検診の検査内容、判定結果、「要精密検査」となった場合に受ける検査は以下の通りになっています。

胸部X線検査
自覚症状がない時期に肺がんを確認するのに適している検査法です。肺の末梢である「肺野部」が隅々まで映すことができるため、肺野部にできるがんの発見に力を発揮します。肺野部のがんは特に自覚症状に乏しいため、肺がん検診や職場の健診で行われる、この胸部X線検査で発見されることが多いのが特徴です。

呼吸器科の専門医による診断

その一方、肺の入り口である「肺門部」には気管支、心臓、胸骨、血管などが重なって映りにくくなっているため、胸部X線検査は肺門部に発生するがんの発見には不向きとなります。

肺門部に発生するがんは、しつこい咳や胸の痛み、息切れ、血痰、呼吸の都度"ゼーゼー"と音が胸に響く(喘鳴)などの症状が、比較的早期から現れます。

しかし、これらの症状のいくつかは普通の風邪でもみられるので、「年のせいなのか、今回の風邪は随分と長引いてるなぁ」と自己判断して医療機関の受診が遅れてしまうケースも想定されます。そんな肺門部のがんを発見するのに有効なのが、次に挙げる「喀痰細胞診」です。

喀痰細胞診
痰を採取して顕微鏡で調べ、その中にこぼれ落ちたがん細胞を確認する検査です。自治体が実施する肺がん検診では、50歳以上で喫煙指数(1日本数×年数)が600以上、もしくは40歳以上で6ヶ月以内に血が混じった痰が出た人が対象となります。これらが該当する人は肺がんのリスクが上昇するため、「ハイリスク群」に分類されます。

喀痰細胞診は、太い気管支を中心に発生する肺門部のがんの発見に力を発揮する反面、肺の抹消部に発生するがんではがん細胞の採取はできません。胸部X線検査とはお互いに不得意分野を補い合う関係にあります。

痰の採取は、1回だけだとがん細胞を取り損なう可能性があるため、3日連続で痰を採取する必要があります。採取した痰は沈殿させて細胞を集め、ガラス板に塗って染色を行った後に顕微鏡で拡大し、がん細胞の有無を調べます。

喀痰細胞診の際に痰が出やすい状態にあるとは限りません。空咳や咳払いをしても痰が出そうにない場合は、気管支に霧を吹きこんで痰を出します。

喀痰細胞診の結果は、以下のようにA〜Eの5段階で判定を行います。

判定細胞の所見指導区分
A喀痰が採取できていない状態再検査
B異型細胞なし
炎症などによる軽度異形扁平上皮細胞
異常は認められません
C中等度異型扁平上皮細胞程度に応じて6か月以内の追加再検査が必要です
D高度異型扁平上皮細胞、または悪性を疑う細胞要精密検査
E悪性腫瘍細胞要精密検査

Aの場合は、採取した検体に唾液・鼻汁などしか入っていないため、もう一度検査を行ってキチンと痰を採取する必要があるということです。"再検査"という文字を見て慌てないようにしましょう。

Cの場合は、型の異なった細胞があるものの、早期のがんとの鑑別が難しいので、期間を置いてもう一度検査をしましょうという意味です。精密検査の必要はありません。

DとEが「要精密検査」となりますが、検診受診者で精密検査が必要になるのは全体の1%程度です。Dの場合は、異常な細胞の病変があるので精密検査をしましょうということです。

Eはがんの疑いがあるということですが、実際に精密検査を受けて肺がんと疑われるのは10%以下です。したがって、喀痰細胞診の結果、「E」という判定が通知されたとしても、がんでない方の確率が高いのです。「がん確定…もう、駄目だ」と勘違いしないで、冷静になって精密検査を受けましょう。

肺がん検診の結果は、遅くとも1ヶ月以内に自宅に郵送という形で通知されます。検診の結果、胸部X線検査で肺に影が見つかったり、喀痰細胞診でD・E判定(要精密検査)になった場合は、「胸部CT検査」や「気管支鏡検査」が行われます。

胸部CT検査は、X線を利用して胸部を輪切りにして撮影し、その画像をコンピュータで解析する検査方法です。胸部X線検査ではわからない淡い陰影も写し出すことができるうえ、多方向から肺を撮影するので、気管支や心臓、血管などによる死角が生じることもなく、1cm程度の小さながんも発見できます。

気管支鏡検査は、鼻もしくは口から挿入した直径5mmほどのファイバースコープ(内視鏡)を気管や気管支内部に送り込み、がんが疑われる部位を医師の目で直接観察する検査方法です。胃カメラと基本的な構造は同じですが、大分細くできています。

ファイバースコープの先端に取り付けられたブラシや針、鉗子(かんし)により、がんが疑われる部位の組織や細胞を採取することもできます。採取した細胞や組織は、顕微鏡で調べることでがんがどうかを確定できます。

挿入時の喉の不快感を低減するために検査の際は、喉に麻酔薬をスプレーで噴霧して局所麻酔を行います。さらに、喉の動きを減らすために筋肉注射を行いますので、検査中の苦痛はゼロではないものの、かなり抑えることができます。

今からでも遅くない!禁煙で肺がんの最大のリスク要因にサヨナラしましょう

このページの冒頭では、タバコと肺がんの発症リスクに関するお話をさせていただきました。タバコを吸う方は「低タール、低ニコチンのタバコに切り替えたら、健康への影響は減るんじゃないだろうか?」と思うかもしれません。しかし、結論から言うと、低タールや低ニコチンのタバコにしてもあまり意味はありません。

呼吸器外来の医師に相談

確かにタールとニコチンの量は減りますが、それ以外の約200種類の有害物質(うち64種類は発がん物質)はそのまま含まれているのです。むしろ、ニコチンの量が少ないために、ニコチン中毒の人は血中のニコチン濃度を保つために、肺の奥深くまで煙を吸い込んだり、フィルター近くまでタバコを吸ったりすることで、以前より多くの量の発がん物質を吸い込んでしまうリスクがあるのです。

喫煙年数が長い人であっても、今すぐ禁煙すれば、5年後には肺がんのリスクは低下します。国際がん研究機関の調査によれば、さらに禁煙を続ければ、だいたい20年くらいで非喫煙者と同等にまでリスクを低減させることができるとされています。

禁煙の効果は肺がんだけではありません。ALA(米国肺協会:American Lung Association)の調査によると、禁煙をすれば20分で血圧は下がり、8時間後には血中の酸素濃度が健康な状態に回復し、24時間後には心筋梗塞リスクが低下し、48時間後には味覚や嗅覚が回復するとしています。さらに禁煙を続けることで、2〜3週間後に循環器機能が改善され、遅くとも9か月後までには咳や息切れ、疲労感が改善するという結果を報告しています。

治療技術が進歩した現在、手術によって多くの肺がんが治療可能となっています。しかし、長年の喫煙で肺の機能そのものが低下していると、完治手術を受けられないこともあります。

近年は禁煙外来を設置している医療機関も増加しており、健康保険で禁煙治療を受けることができます(保険適応に際しては簡単な条件あり)。専門家の医師と一緒に取り組む禁煙は、一人で行う禁煙よりも成功率は高くなっています。

中央社会保険医療協議会が公表しているデータを見ると、計5回に及ぶ禁煙治療を受けた人の78.5%は、治療完了時に4週間以上の禁煙を続けられています。肺がんが心配な人もそうでない人も、禁煙外来に相談して禁煙に挑戦してみませんか?


 
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